『はじめてまなぶ自閉スペクトラム症』本田秀夫(金剛出版 2025年)
自閉スペクトラム症(ASD)の理解を深める一冊として、本田秀夫氏の近著をご紹介します。著者はこの分野の第一人者。乳幼児期から老年期までを診ることから、自ら「発達精神科医」と称されています。
本書を推すのは、診断と支援の本質(エッセンス)が、類を見ないレベルで体系的にまとめられているからです。心理士向けの雑誌連載を単行本化したため、一部に専門的な記述も見られますが、読書習慣のある保護者の方であれば、手応えを感じつつ読み進めていただけるのではないかと思っています。
学校現場の教員をはじめ、福祉、司法、産業などに携わる支援者にとっては座右の書となる一冊です。
心理士をはじめとする医療関係者の方々には、本書を端緒として、ぜひ同氏の他の著作にも触れ、診断に関する知見をさらに深めていただければ幸いです。
本書はシンプルに「診断」と「支援」の二部構成です。本田先生の根底にある視座を整理してから、各部の内容をご紹介します。
1.本田氏の視座
どんな人も、発達障害的な側面がある
『どんな人でもASD的な側面と非ASD的な側面を併せもっていて、その濃さ(程度)の割合が人によって違う、と考えてほしい』。これが本書を一貫する思想です。
これは、本田氏が自らをASDと公表したことで「当事者と支援者」という二項対立の構図から、単に双方の視点の必要性だけを求めているのではありません。そうではなく、「そもそもASDの要素は誰にでも備わっているもの」という認識を土台に据えるべきだ、という本質的な提起です。
診断も支援も、まずはこの視点から出発してほしいということ。「すべての人にASD特性は遍在する」という事実と、そこから導き出される「地続きの人間観」。本書はその大切さが語られています。
神経多様性(ニューロダイバーシティ)
本田先生の神経多様性の具体論です。発達障害を持つ人を「少数派」と捉え、少数派が無理なく生きられる社会を目指す、日本にありがちな同質性を求める圧力へのカウンター思想と言えます。
・環境適応への転換
特性を「治すべき疾患」ではなく「生存戦略の異なる少数派」と定義します。本人を型にはめる支援ではなく、環境側の調整を重視します。
・長期的なQOL優先
目先の環境適応より二次障害の防止を重視し、一生涯を通じて「やりたいことをして孤立せず生きる」という実存的な価値観を優先します。
・地続きの特性理解
検査の特性理解から「境界域」という考え方を用いず、定型から非定型までをスペクトラムと捉えます。本人が困った時に即座に支援可能な「臨床的リアリズム」の構築を目指します。

2.診断 歴史からアセスメントまで
・概念の整理とコンパクトな歴史
「自閉症」という訳語の成り立ちや、カナー、アスペルガーの研究初期における「小児期統合失調症」との混同など、複雑な歴史がコンパクトにまとめられています。
・あえて「深入りしない」専門的知見
本田先生の真骨頂は、病前性格(精神疾患と統計から有意な関係の性格特性)としての自閉症が、統合失調症へ移行する際の精密な鑑別と概念整理であり、各パーソナリティ症(PD)や強迫性障害等の場合も同様です。しかし本書は入門書としての役割が優先され、意図的に最小限の記述に留められ、ヒステリー(転換症)の問題は省略されています。
・発達の要点と感情の質的違い
言葉の遅れはASDでは必発ではないこと、3歳時点での指差しの欠如や、4歳を過ぎても残る反響言語(オウム返し)など、臨床的な要点が端的に示されています。また、感情の問題を単なるコントロールの問題とせず、「喜怒哀楽の感じ方・受けとめ方そのものが通常の人たちとは異なる」との指摘は重要です。
・「こだわり」とアセスメントの多角化
「こだわり」については独立した章が設けられ、成長に伴う変化が整理されています。アセスメントの項では、日本の「ウェクスラー検査一本槍」の現状に対し、多角的な情報収集の必要性を説き、課題点とされています。
・「ASD特性」と「知的能力」の総合
最後に強調されるのは、この両者を総合的に捉える視点です。これは特別支援教育の基本ですが、自治体や現場によって対応に温度差があるのが現実です。しかし、わが子の実像を捉える上で、決して欠かしてはならない最も重要な観点として強調されています。
3.支援
「医学モデル」から神経多様性(ニューロダイバーシティ)へ
医学モデルは、「正常な状態(健康)」を定義し、そこから外れた状態を「異常(疾患)」として、原因を特定し治療しようとするものです。一方、神経多様性(ニューロダイバーシティ)は、「特性」を排除すべき病理ではなく、脳や神経の多様なバリエーションと捉え、その「特性」に合わせた「支援」を行う考え方です。生きづらさは個人の内側の問題ではなく、社会側の障壁や環境との不適合によって生じるものと考え、環境の調整を支援の主軸に置きます。
支援の原則 育成する二つの能力
本人が社会で自立して生きていくために、以下の二つの能力を育成します。
自己決定力とは、自己肯定感をもち、自分でできることはやる意欲をもつこと、そして自分の限界を知ること。
相談力とは、社会のルールを守る意欲をもつこと、そして自分を超える問題について、他者に相談できること。
教育的手法 「発達の最近接領域」を用いる
ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」とは、目標を細分化して課題に取り組む考え方ですが「自力でできること」と「助けがあればできること」の境界線に着目した概念です。この領域に対して支援者が適切な対話や協力の支援を行うことで、子どもの可能性が引き出せると考えます。この支援の仕方は「足場かけ(スキャフォールディング)」と呼ばれます。
発達段階の具体例
・中学生
思春期では、親の要望による薬物療法は本人の主体性が損なわれやすく、効果が限定的になりやすい。まずは大人が「子どもの本音」を聴ける関係性を築くことが不可欠です。
教育行政に関しては、現在の学校教育は制度疲労を起こしていると捉え、本田氏は「発達障害の子どもたちには(中略)控えめに言っても適切な教育を保障する義務を果たせていない」と指摘しています。
・高校 大学生
高校や大学は就労の前段階であるという視点も必要なのではないだろうか。「学歴さえ良ければ社会人になっても困らないはずだ」という学歴神話にとらわれず、将来的な社会的自立の観点を見据えた支援なり準備をするという考え方も大切ではないだろうか。
・社会人
成人期に二次障害が生じるのは、本人の特性に由来する必発のものではなく、周囲の支援や合理的配慮が不十分であるためです。治療には認知行動療法や対人関係療法が有効です。
問題が本人の特性のみの場合は認知行動療法で、対人関係に及ぶ場合は対人関係療法。
対人関係療法のよさとは、症状の背景にある「現在の対人関係の葛藤や不適合(役割の変化や不和など)」を対人関係のパターンを客観視することで掴み、そこでの「感情」に焦点を当て、コミュニケーションの調整を通じて適応を改善できる点にあります。
家族支援 二つのアプローチ
精神保健的アプローチ
家族自身の心理的負担を軽減し、メンタルヘルスを保護することを目指します。家族が孤立せず、余裕を持って本人に接することができるようサポートします。
教育的アプローチ
家族が本人の特性や発達理論について正しく理解し、具体的な対応スキル(環境調整や声掛けの工夫など)を習得することで、家庭内の支援機能を高めることを目指します。

