『エクソシスト 信じる者』『ヴァチカンのエクソシスト』は数年前に公開され、1970年代には『エクソシスト』がありました。みなさんは、ご覧になられたでしょうか。
心理療法の起源は何でしょうか。それを紐解くために現在の技法で歴史のあるものを見ていきましょう。創始者の一人のフロイトから考えます。彼の創案は精神分析と呼ばれ、初期のヒステリー研究には催眠が用いられています。当時のフロイトは催眠の熟達のためフランスに出向きサルペトリエール病院のシャルコーやナンシーのリエボーとベルネイムから古典催眠を学びます。無意識の存在が確かめられ、ここから独自の技法と理論を練りあげ、催眠色を排した現在の精神分析、つまり心理療法が誕生します。
では最初の催眠治療者は誰でしょうか。それはフランツ・アントン・メスメル(1734~1815)。メスメルの催眠が心理療法の源であり、彼が心の病に治療催眠を用いた最初の人です。みなさんはラポールという言葉を聞いたことがあるでしょうか。これはメスメルの言葉です。
先述のリエボーやシャルコーへの催眠の伝統はメスメルから連綿と続いています。彼はモーツアルトと同時代の人で若きモーツアルトは彼の依頼曲を書いています。ドイツに生まれ医師となり催眠を個人と集団に用いオーストリアからフランスに渡ると一斉風靡されますが、彼の時代には未だ催眠の名称はなく、本人は動物磁気、周囲からはメスメリズムと呼ばれていました。(催眠の命名は1843年のブレイド)
アンリ・エレンベルガーの『無意識の発見』には、古代エジプトやギリシャの儀式に見られる催眠現象からメスメルに繫がる歴史が描かれています。そこには「ガスナーとメスメル」の項があり両者の紹介があります。ガスナーはエクソシスト資格を持つ神父で、当時の人々への病気の治療を行っていました。
エクソシストとは祓魔師(ふつまし)のことで、現在でもカトリック神父の初級資格の一つです。悪魔祓いは祓魔術(エクソシスム)と呼ばれ、最近の映画はまさにこの初級資格が用いられ展開されたものです。
ガスナー(1727~1779)は、オーストリア生まれでスイスで聖職者として活動を始めます。祓魔術(ふつまじゅつ)を身につけたのはガスナー自身がミサを受けた時、激しい頭痛やめまいの症状に苦しみ、それは悪魔の仕業ではないかと考え、教会の規定通りの祓魔術を自身に行うと症状が消えたことからこの技法を体得していったことが記されています。以来、自分の教区の病人に祓魔術による治療が行われ、やがてその名が知れ渡るようになります。
メスメルはミュンヘン科学アカデミー(1775)から、ガスナーの悪魔払いに意見を求められ、ガスナーが治療は信仰によるものと主張するのに対し、彼は動物磁気を用いた結果であると回答しています。
彼らの治療を見てみましょう。まずガスナーで患者は痙攣発作に苦しむ修道女です。
〈自分が命令を下すことが、そのとおり起こっても、それでよいか〉「よろしゅうございます」〈もしこの病いが自然以外によるところあらば、余はイエスの名において命じる。直ちに正体を現わせ〉。ガスナーの言葉にしたがって、患者は痙攣し始めると、ガスナーはさらに体のあちこちへの痙攣発作が行われるよう告げます。さらに悲嘆にくれる人や腹を立てる人、死人そっくりの姿、等、さまざまな姿をとるようはたらきかけます。すると患者はガスナーが述べるとおりの症状やふるまいを体現していきます。こうしてガスナーは悪霊を調教するような形で治療を進め、最後には悪霊を追放することを行います。
ついでメスメルの動物磁気です。
メスメルは宇宙とは流体の磁力によって星々が運行され、動物体内にも存在する磁力を利用することで心の病気が治ると考えました。治療効果は発作(痙攣)=分利(クリーズ)を引き起こすことで生じるとします。
メスメルは患者の前に膝が触れあう近さで座り、両手で患者の両親指を触り、患者の目を見つめます。患者の肩から腕に沿って手を動かし、みぞおち当たりを押します。患者は温感などを感じながら、やがて発作(痙攣)=分利が起こり、心神する場合もあります。発作=分利が終わると症状が消失します。最後にアルモニカ(グラスハーモニカ)を聞かせることもありました。身体の接触は必須ではなく身体に触れない個人の動物磁気もあり、集団動物磁気では基本的に身体接触はありません。
みなさんは、この二人の治療を、どのようにご覧になりましたか。みなさんは催眠療法にはあまり詳しくはないかもしれませんが、現代の催眠に類似しています。痙攣はバイブレーションとも言われ現在の臨床催眠で用いることはほとんどありませんが催眠の技法であり、両者共通の手続きとして行われています。
ガスナーは「イエスの名において」と宗教権威を用い、メスメルは動物磁気という疑似科学(磁力の有無は、ルイ16世の命でフランス科学アカデミーが調査し存在しないことが確定します)の力を用いています。
当時の人々にはメスメルの動物磁気もガスナーの悪魔払いも同様に見えたかもしれないし、動物磁気という疑似科学を用いたメスメルの方に進歩的な印象を抱いたかもしれません。
双方の治療の方法はメスメルの言葉からもほぼ同一と言えます。今日の視点からは二人には共通して催眠誘導が用いられ、ガスナーは宗教行為、疑似科学でもメスメルは心理(精神)治療の淵源と捉えることが可能であると考えられます。
ガスナーとメスメルの時代は、悪魔祓いと催眠が同居し混沌とした頃と言えます。現代の心理(精神)療法に直接繋がるのはメスメルの動物磁気です。しかし当時の人々の目にはメスメルの動物磁気もガスナーの悪魔払いも同じように見えたことでしょう。
このようにして古くから催眠現象は儀式で用いられたり、宗教や呪術の形を取りながら人々の病気の治療に用いられてきたと考えられています。

